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高野山に行ってみようと思ったけど行けなかったorz

 
前回、週末に高野山に行くとか書きましたが、結局忙しくて高野山には行けませんでした・・・orz
 
高野山は二回登ってるんですが、二回とも走っていったので、この山のことあんまりよく知らないんですよね笑
 
今回はせっかく歩いていくから、ちょっと高野山のことを軽〜くリサーチしてました。
せっかくなので、備忘録的に書いておこうと思います。
 
 
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高野山について
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高野山平安時代の初期に弘法大師(空海)が開いた日本仏教の一大聖地です。
 
2004年にはユネスコ世界遺産に登録されました。
 
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世界遺産としての範囲は「紀伊山地の霊場と参詣道」で、吉野・大峰・熊野三山高野山と参道(大峯奥駈道・熊野古道高野山町石道)でして、高野山世界遺産というよりは「高野山世界遺産の一部」ってカンジです。
 
世界遺産の分類は文化遺産で、登録基準は(2)(3)(4)(6)です。
 
登録基準の内容(超略w)
(2)建築や記念碑、都市として貴重
(3)文化的伝統として重要
(4)建築様式や景観が優れている
(6)普遍的な思想や信仰、芸術、文学に関連する
 
世界遺産の種類としては他に
・自然遺産(屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島)
複合遺産(日本にはない。自然遺産と文化遺産が複合されたもの)
危機遺産(これも日本にはない、世界遺産のうち維持や現存が難しいもの)
負の遺産(広島の原爆ドームなど、人類の犯した間違いを二度と犯さない戒めとなる物件)
 
があり、富士山や法隆寺古都京都の文化財古都奈良の文化財など日本の大半の世界遺産文化遺産に属します。
世界遺産は世界至る所に1000ヶ所以上ありまして、75%以上は文化遺産となっています。
 
まぁ世界遺産の話はこれくらいにしておきまして、高野山のキーワードとしてすぐ浮かぶのは空海こと弘法大師です。
 
 
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この記事のはじめにも書きましたが、彼が高野山を開き真言宗の開祖となりました。
 
高野山開創までの空海の人生(かなり略)
774年 香川県で郡司(地方官)の子として生まれる。幼名は真魚
 
788年 平城京に上がり、阿刀大足(平安時代の学者)のもとで学んだ。
 
793年 仏道の修行に入る 空海と名乗り出す
 
804年 遣唐使の留学僧として唐に渡る
 
806年 帰国。
もともと20年の留学予定が2年で切り上げられ、当時の規定では罪にあたった。
そのせいか帰国後2年間は入京できず、大宰府で留まった。
 
809年 入京。
(この入京には最澄の支援があったと言われており、その後二人は10年程交流関係を持った。)
 
816年 嵯峨天皇より、修禅の道場として高野山を賜る。弟子を派遣して開創に着手。
 
 
高野山に関連する空海の伝説
・丹生明神(イザナギの娘で、天照大御神の妹にあたる。高野山の地主神)から高野山を譲り受けた。
・高野明神が空海高野山に案内した。
空海は今もなお生きていて、56億7000万年後に弥勒菩薩がこの世に出現するその時まで、人々を救い続けている。
 
空海に関してはそんなとこですかね。
 
 
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高野山の女人禁制について
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高野山といえば女人禁制ってのが有名です。
「なぜ?」とか「男尊女卑?」とかよく聞きますが、僕なりになぜかを考えてみました。(妄想)
 
(1)「女の体力じゃあ、この山は危険だゼ?」という空海先輩の優しさ。
(2)女性が近くにいると禁欲が難しいから
(3)地主神である丹生明神が怒るから
※昔から山神は醜く、自分より美しい女性を見ると怒るって話が多い。
(4)空海は女性が嫌いだった
 
江戸時代の学者によると、日本に男色を持ち込んだのは空海らしく、空海は男色の祖でもあるらしい。
 
とはいえ、だからといって女性が嫌いとは限りません。
空海歌人としても超一流で、様々な文化に精通していたらしく、僕的には結構おおらかだったというイメージがあります。
 
そういう意味では(2)が有力かなー。とか思ったり。
 
でも高野山を丹生明神から譲り受けた、とあります。
 
参道の途中には、
火の雨が降った時、石を押し上げ母親をかくまったとされる「押上石」ってのがあります。
「母親(女)が入っちゃってんじゃん笑」
と思ったのですが、それにより山神(丹生明神)様が怒って火の雨を降らせたのかも?
 
とか思うと(3)も捨て難いんだよなー・・・
 
 
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高野山のみどころ
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南海電鉄さんのホームページ(http://www.nankai.co.jp/ )がいいカンジにまとめられてました。
 
(というか、ちょっと長くなってきたので書くのが面倒になってきましたw)
 
 
 
 
まぁ高野山に関してはだいたいこんなカンジです。
今回は行けませんでしたが、また機会あれば行きたいと思います。